西表島の文化とことば

 考古学から有史以前の琉球列島の文化を考察してみると、沖縄本島およびその周辺の島々と西表を含む先島諸島は全く別の文化をなし、先島諸島は南方のフィリピンやポリネシアと共通の文化圏だったそうです。しかしやがて沖縄本島から発祥した琉球王朝の隆盛によって先島諸島も沖縄の文化圏に統合されました。
 前述のように西表ではマラリアのために古くから存続している部落はほとんどなく、そのため古来からの伝統文化というものはあまり残っていません。しかし、例外的に歴史の古い祖納や星立部落では、節祭(しち)や豊年祭などの重要な伝統行事が毎年部落をあげてとり行なわれます。このような伝統行事はかつては各部落ごとにあったものと思われ、比較的近年に廃村となった崎山や網取にかつて住んでいた古老からもそのようなことが伝承されています。
 琉球列島で話される言語は日本本土の言語とは著しく相違します。沖縄の言語を“沖縄方言”ということがありますが(特に地元の沖縄でも)、しかし沖縄の言語と日本本土の言語は単語の相違はもとより動詞や形容詞の活用法が全く相違するほどに違っていて、これはもはや方言のレベルをはるかに超えています。両者は、例えれば、スペイン語とポルトガル語やマレー語とインドネシア語の関係以上に違うものと思われます。かつては沖縄に琉球王朝という日本とは“別の国”が存在したほどですからそれも当然でしょう。そこでここでは、日本本土の言葉を“大和語”、沖縄の言葉を“沖縄語”と表現することにします。
 沖縄語の中でも、沖縄本島およびその周辺の島々で話される言語と、宮古、八重山(先島諸島)で話される言語はまた相当に違うそうです。ただし、内地人(ナイチャー)が聞いたらどちらのことばもまるで理解できないので区別はつかないでしょうが。以前に工事人夫としてカンピラ荘に長期滞在していた沖縄本島の人と話したことがあるのですが、その人は“八重山のことばはぜんぜんわからない”と言っていました。ところが、奄美とか沖永良部のことばはだいたい理解できるそうです。琉球王朝の最盛期には奄美まで勢力圏にありましたから、奄美、沖永良部、与論などは完全に沖縄の文化圏で、ことばも似ているのでしょう。それに対して八重山のことばは、かつて沖縄本島と文化圏が異なっていたこともあって、琉球王朝に統合されたあとも独自性を保っているものと思われます。そこで、沖縄語の中でも八重山のことばを“八重山語”と呼ぶことにします。
 八重山語も島によって少しずつ違うようで、例えば大和語の“ありがとう”というのは石垣では“みぃふぁいゆう”ですが(カンピラ荘のカヌーサービスの名前にもなっている)、西表では“にぃふぁいゆう”となるらしいです。また、大和語で“いらっしゃい”というのは、石垣では“おーりとーり”ですが、竹富では“わーりーたぼり”だそうです。西表では何というのか知りません。ちなみに、宮古では“んみゃーち”、沖縄本島(沖縄語)ではご存知の“めんそーれ”となります。しかし、純粋な島の言葉をしゃべれる人は確実にどんどん減っていて、若い世代になるとこのような伝統的なことばはほとんどわからないのが実状でしょう。
 八重山では、沖縄本島からの観光客に対して“沖縄の方ですね”と言うそうです。それは、八重山の人たちは自分たちを沖縄人(ウチナーンチュ)ではなく八重山人(ヤーマーンチュ)と思っているかららしいです。このあたりにも八重山の独自性がよくうかがわれます。
 観光者が西表で島の人と会話をするときに最も通りがいいのは大和語の関東方言(いわゆる標準語)ですが、関西方言もよくわかってくれます。それ以外の地方のことばはたぶんよく理解されないと思われるので、あまりあからさまに使わない方が無難でしょう。私も自分の地元の方言は西表では使ったことはありません。
 このように、島の人は年輩の方でも大和語をよく理解し、またイントネーションに訛りはあるものの大和語を正確に喋ってくれます。ただ、ごく希ですが大和語のほとんどできない人がいて、会話に難儀することがあります。でもそれもまた“秘境西表”のひとつの証明なのかも知れません。
 沖縄語(八重山語も含めて)の独特な言い回しの例を挙げると、例えば人数を言うときに、大和語では普通“〜人(にん)”ですが、沖縄では必ず“〜名(めい)”となります。また、相手の言ったことがよく聞き取れずに聞き返すときに、内地では普通“え−?”ですが、これが沖縄語ではなぜか“はー?”になります。沖縄の人はよく“〜しましょうね”と言う表現を使いますが、これは勧誘ではなく自らの意志を示す言い方です。例えば“〜しましょうね”なら英語にすれば“Let's do something”ではなくて、“I will do something”の意味になりますので少し注意しなければなりません。


西表島の概要に戻る
トップページに戻る